高槻市プロデュースのトークショー「BOTTO古墳トークフェス」
山崎怜奈さんも登壇するということで、大阪の高槻市が主催するトークイベント「BOTTO古墳トークフェス」に行ってきました。高槻市では「BOTTO(没頭)たかつき」と称して、高槻市のスポット、イベント、名産品などをPRしているとのこと。その一環として、高槻市にある国指定「今城塚古墳」と、そこが実は陵墓であると最近の研究で明らかになってきている「継体大王」をテーマにしたトークイベントが今回の「BOTTO古墳トークフェス」です。開催された場所は高槻市ではなく、東京の六本木(ポニーキャニオン イベントスペース)なので、私も気軽に参加できたのでした。

登壇者は以下の通り。
- ミスター武士道(歴史解説YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」 YouTuber):司会進行
- 若狭徹: 明治大学教授、日本考古学(主に古墳時代)、文化財学
- 河内春人: 関東学院大学教授、古代東アジアの国際交流
- 山崎怜奈: タレント・ラジオパーソナリティ
- 諸星天音: 現役女子高生歴史インフルエンサー
- 濱田剛史: 高槻市市長
- 宮崎康雄: 今城塚古代歴史館館長
今城塚古墳と継体大王の話
イベントの第一部は若狭徹教授による“講義”。以下、簡単なまとめです。
継体大王は六世紀初めに大王となった人。当時はまだ大和朝廷の体制が確立していなかったので、天皇という呼び名は後から付けられたもの。倭の五王と呼ばれている大王の系譜が途絶え、(五王の一人との説がある)応神大王の遠い子孫(五代目)である継体が豪族達に推挙されて大王の地位に就いた。それまでの継体大王は今の越前や淀川水系に勢力を持っていて、また尾張連草香の娘目子媛を妻にしていて、尾張の地にも影響を持っていた。どの土地も海や川に面していて、船舶による物流、さらには朝鮮諸国との貿易によってその財力・勢力を伸ばしていった。
そんな継体大王の陵墓は太田茶臼山古墳(大阪市茨木市)と宮内庁によって指定されているが、現在は高槻市にある今城塚古墳であるとの説が有力となっている今城塚古墳は宮内庁の治定を受けていないため、発掘や立ち入りが可能な大王陵となっている。二重の堀を有する前方後円墳で、形象埴輪や埴輪祭祀が多数、出土している。埴輪は家の形をしたもの、太刀や盾、武人、力士、巫女などなど。さらに馬形埴輪は特に多く、軍事や農耕において大きな“動力”となった馬を継体大王が多く所有(管理)していたことが分かる。
継体大王の時代には朝鮮半島情勢が不安定となり、それに呼応するように磐井の乱、武蔵国造の乱が起こり、それらを平定するのに苦労したと思われる。だが、以降は王朝も安定し、直系子孫による政権継承が可能になった。
トークコーナー
第二部は登壇者全員によるトークコーナー。ここから、我らが山崎怜奈さんも参加です。
ですが、話をリードしていたのは市長さんと館長さんの二人。初めの方こそ教授陣が学術的な麺の補足説明をしたのですが、段々と関西人お二人による漫才のような掛け合いが(笑)。もちろん、話の中身は真面目で、今城塚古墳の魅力をさらに語ってくれていたのですが。
発掘された埴輪群のレプリカが、埋葬時の配列を再現する形で塚の横(この一帯が公園として整備されている)にディスプレイされているとのこと。こちら、出土した規模としては今のところ日本一だそうです。こちらの発掘がされるまでは、群馬県の古墳のものが最大だったそうで、群馬県出身の若狭徹教授が悔しそうに(?)語っていました。
司会のミスター武士道さんと、インフルエンサーの諸星天音さんは事前に現地を訪問し、宮崎館長の案内の元、古墳や今城塚古代歴史館を巡っていて、その様子がビデオで紹介されました。諸星天音さん、いやぁ詳しいんですね。石垣に使われている石の種類や産地を館長に確認したりしていて、その石が九州(磐井の乱の磐井氏が支配していた地域)から産出されたもので、どうやってこの大阪の地まで運んだのか熱心に尋ねていました。
山崎怜奈さん、ゲストではあるものの話の流れを見つつ、余り発言されていない教授などに話を振ってみたりして、さすがは慣れたものと感心。トークショーをより楽しいものにしてくれていました。
感想
山崎怜奈さん目当てでの参加だったのですが、前から興味のあった継体大王の話が聞けてとても勉強になりました。その(謎とされていた)出自やそれまでの大王との関係の薄さ(なさ?)から、大陸からやって来た騎馬民族が王朝を奪取した末の即位だ、なんて説もあるくらい。まあ、実際のところは分かりませんが、陵墓が前方後円墳ですから、それまでの「倭の五王」の王朝と全く関係が無いとは言えなそう。もちろん、新たな王朝が、旧王朝の儀礼を踏襲しただけかもしれませんが。
いずれにせよ、しっかりと発掘調査が可能な今城塚古墳は魅力的ですね。さらに調査が進めばそんな歴史の謎に迫る発見があるかも知れませんし。私も生で今城塚古墳を見たくなりました。
ということで、私も高槻市のPR作戦にまんまとハマってしまったようです。まあ、それも良いでしょう。こういうきっかけがないと訪ねようと思わなかっただろうし。京都観光のついでにちょっと脚を伸ばして行ける場所ですし、これはもう行くしかないでしょう。
関連図書
関連する書籍です。継体大王(継体天皇)関係の本は私が以前、読んだものです。あと、山崎怜奈さんの著書も。


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