国立公文書館「馬とまつりごと」展

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馬とまつりごと 神事と武芸からみる馬の日本史 美術展・写真展
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国立公文書館で「馬とまつりごと 神事と武芸からみる馬の日本史」展を観てきました。

国立公文書館では写真撮影OKです。ただし、フラッシュ・三脚NGなどの注意事項がありますので、確認の上、撮影してください。

国立公文書館とは

独立行政法人国立公文書館(National Archives of Japan)は、内閣府が所管する独立行政法人(行政執行法人)であり、歴史資料として重要な公文書等の適切な保存・利用を図ることを目的として設置された日本の公文書保存機関です。

主な役割と使命

国立公文書館は、国の行政機関などから移管を受けた歴史資料として重要な公文書等を国民共有の知的資源として保存管理しています。内閣総理大臣が各省庁などから移管を受けた重要な公文書を、歴史資料として当館が永続的に保存し、国民の利用に供することで、我が国の過去・現在・未来を結ぶ重要な役割を果たしています。

主な業務

  • 保存管理: 歴史的に重要な公文書等の適切な保存と管理
  • 一般公開: 所蔵資料の閲覧・利用サービスの提供
  • 展示事業: 所蔵資料を紹介する展示会の開催
  • デジタルアーカイブ: 文書のデジタル化と公開
  • 調査研究: 公文書の保存・管理に関する専門的研究

所蔵資料

日本国憲法の原本をはじめ、明治維新以降の各種公文書、江戸幕府の記録など、日本の歴史を物語る重要な文書を多数所蔵しています。これらの貴重な資料は、歴史研究や教育、行政運営の参考資料として活用されています。また、一般向けに企画展を開催し、無料で観覧できます。

施設

  • 東京本館: 東京都千代田区に所在
  • つくば分館: 茨城県つくば市に所在

展示内容

公式サイトの説明によると

令和8年(2026)の干支は午です。動物としては馬が充てられています。馬は、4世紀末から5世紀の初め頃に大陸から伝来して以降、様々な場面で日本人のそばに寄り添ってきました。 本展では、当館所蔵資料から、馬を神に奉(ささ)げた記録や、武芸や馬具に関する資料などをご紹介します。

とのこと。

展示構成は以下の通り。

  • プロローグ 日本と馬の出会い
  • Ⅰ章 神と馬
  • Ⅱ章 朝廷と馬
  • Ⅲ章 武士と馬
  • エピローグ 馬が浸透した世

日本では、中新世(約2,300万年前から約500万年前)の地層から馬の祖先に当たる動物の化石が発掘されているそうですが、その後は定着しなかったのか縄文時代には日本には馬(や牛、羊など)はいなかったそうです。縄文時代の遺構・遺跡などからもそれらの骨は見つかっていない。
お馴染みの「魏志倭人伝」・「後漢書東夷伝」にも“日本に馬はいない”と書かれています。実際、この写真「後漢書東夷伝」の右ページ真ん中辺りには“無牛馬虎豹羊鵲”とあります。

馬とまつりごと 神事と武芸からみる馬の日本史

さて、ではいつ馬は日本に持ち込まれたのか。古墳時代の遺跡からは馬の骨が見つかっているようで、その頃には輸入されていたようです。ただ、資料として明確に書かれて残っている最古の記録は「日本書紀」で、応神天皇に百済から馬が二頭贈られたとの記載があります。四世紀頃の話になるんですかね。

一方で「日本書紀」には月夜見尊(ツクヨミノミコト)に殺された保食神(ウケモチノカミ)の遺骸から穀物・蚕・馬・牛が生じたとの記載もあり、現実的な話と神話とが混在しているようです。

道産子やトカラ馬などの“在来馬”が有名ですが、いずれも大陸からもたらされた馬がルーツのようです。

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そんな馬は神への捧げ物に用いられるようになったようです。貴重な生き物だったからこそ、神もそれなりに応えてくれると考えたのでしょうか。共感呪術として、日照りが続くと雨乞いとして雲や雨を連想させる“黒”い馬を捧げた。反対に雨が続いて日照が欲しくなると太陽や火を連想させる“赤”い馬が捧げられたとのこと。なお、赤馬が奉納される先は、太陽神である天照大神を祀った伊勢神宮だと「続日本紀」に記載があります。

このように神社に馬を奉納することが行われるようになり、さらに時代が下ると実際の馬ではなく、その代わりとして“絵馬”が奉納されるようになり、今に至るのでした。

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宮中では他にも馬にまつわる祭祀が色々と行われていたようです。
また“軍事物資”などとしても重要な馬は朝廷としてもしっかりと管理、そして生産していたのでした。それが各地に作られた「牧(まき)」です。「続日本紀」にその旨、記載されています。

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武士の時代になると馬は戦に欠かせないものとなり、また優秀な馬を持つこと自体がステータスとなる。資料として「安土日記(信長公記)」の“馬揃え”の記述ページが一つの例として展示されている。

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しかし、戦国時代が終わって江戸時代になると徐々に武士たちも弓馬の腕が鈍っていった。それはよろしくないと徳川吉宗ら将軍たちは考え、流鏑馬や大規模な鹿狩りなどを実施して武芸を再考・維持しようと考えた。そこで、過去の資料を掘り起こしてそのやり方をまとめたのがこちら。
鹿狩りはかなり大規模なもので、家臣はもちろん、勢子(せこ)として近隣農民も動員し、数万人規模で開催したのだそうです。その様子を描いた絵(記録として残したのでしょう)もポスターサイズで展示されていました。ものすごく細かく描かれているので、要チェックです。

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感想

国立公文書館は所蔵品が膨大なので色々な企画ができ、毎回楽しめます。今回は今年最初の企画展ということで干支の“馬(午)”がテーマ。

先日、NHKのTV番組で「白村江の戦いで倭国が負けたのは、馬を知らない倭国軍と敵軍の騎馬兵の戦力差だ」と言った話を知ったばかりだったので、そんな意味でも興味の持てるテーマでした。「魏志倭人伝」というと卑弥呼の話ばかりが記憶に残っていたけど、そう言えば馬や牛が倭国にはいなかったって書いてあったなと今回の展示で思い出させてくれ、NHKの番組の“裏取り”もできた感じ。

また、実際の馬の代わりに絵馬が奉納されるようになった話は知っていたけど、黒毛・赤毛でそんな“使い分け”があったとは知りませんでした。神馬というと白馬というイメージがあったけど、神の力をより強く信じていた古代の人々にとっては、白一色なんて単純な話では無く、彼らの“合理性”に基づいて色分けしていたんだというのも納得できる話。

各資料には分かり易いキャプションが添えられているし、現代語訳もあるので戸惑うことがありません。さらには原本の該当箇所には赤い矢印型のテープが貼られていて、なるほど「無牛馬虎豹羊鵲」って書いてあるなと分かるようになっています。草書のくずし字だと何を書いているのか全く分からないけど、漢文だととりあえず漢字は拾えるのでなんか分かった気になるのが楽しい。
でも、一つ一つの資料をじっくり読んじゃうので、今回も観終わるのにずいぶんと時間がかかってしまいました。まあ、それも込みで楽しいんですけどね。

美術展情報

  • 会期 : 2026/1/17(Sat) – 2/1(Sat)
  • 開館時間 : 09:15 – 17:00
  • 休館日 : 会期中は無休
  • 料金 : 無料
  • 公式サイト : 展示会情報:国立公文書館
  • 図録 : 無料のパンフレットを配布しています。
  • 参考書

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