「ヴァロットン―黒と白」展 人びとの内側が透けて見える漆黒

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美術展・写真展
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三菱一号館美術館で「ヴァロットン―黒と白」展内覧会に参加してきました。

例によって特別な許可をいただいて写真撮影しています。通常は撮影禁止ですので、ご注意願います。

ただし、

この企画展では一部作品に限って写真撮影OKです。対象作品を確認して撮影してください。
また、三脚・フラッシュNGなどの注意事項にも従ってください。

展示内容

公式サイトの説明によると

19世紀末のパリで活躍したナビ派の画家フェリックス・ヴァロットン(1865-1925)は、黒一色の革新的な木版画で名声を得ました。
(中略)
三菱一号館美術館は、世界有数のヴァロットン版画コレクションを誇ります。希少性の高い連作〈アンティミテ〉〈楽器〉〈万国博覧会〉〈これが戦争だ!〉の揃いのほか、約180点のコレクションを一挙初公開します。黒と白のみで作り出された世界に焦点をあて、未だ捉えきることができないヴァロットンの魅力に迫ります。

ヴァロットン―黒と白|三菱一号館美術館(東京・丸の内)

とのこと。

展示構成は以下の通り。

  • CHAPTER Ⅰ: 「外国人のナビ」ヴァロットンー木版画制作のはじまり
  • CHAPTER Ⅱ: パリの観察者
  • CHAPTER Ⅲ: ナビ派と同時代パリの芸術活動
  • CHAPTER Ⅳ: アンティミテ : 親密さと裏側の世界
  • CHAPTER Ⅴ: 空想と現実のはざま

木版画で知られるヴァロットンも、初期はエッチングやドライポイントで制作をしていたそう。巨匠の模写をしたり、友人の肖像画を描いたりしていた。

その後、師匠から木版画を勧められ、作品を製作するようになるとヨーロッパ中で知られるようになる。
「カエサル、ソクラテス、イエス、ネロ」は漆黒の背景に四つの顔が浮かぶ。この時から既に“黒”と“白”が際立っていた。

珍しいものも展示されていました。版画の原版である“版木”です。版画作品の価値を高めるために刷る枚数を限定し、その後は版木を壊してしまうそうです。なので、このように残っていることはとても珍しいのだとか。

左右が逆になっているのでちょっとわかりにくいですが、上の版木から擦りだされた作品がこちら。「1月1日」は裕福な家族と、その子供に対して物乞いをする貧しい人々を描いたもの。ヴァロットンは、宗教や伝説をモチーフにすることはなくなり、同時代人の市井の人々を描いていった。

版木を壊したことを証明するため、断片をバラバラに組み合わせて刷り、こんなものを作ったそうです。もう、版木はばらばらになったよ、という証明書のようなもの。
でも、漫画のコマ割りのようで、なんかこれ自体が一つの作品としても通用しそう。画家はそんなことは全く思っていなかったでしょうが。

世紀末のパリを生きた芸術家のご多分に漏れず、ヴァロットンも、ジャポネスクに陶酔していたようだ。

浮世絵のような構図の作品も多く作られている。モンブランの山を描いた作品には、子供が描くような調子の太陽が輝いている。陽光が線として太陽から四方に伸びているのだ。

スイス出身のヴァロットンにとってパリの街はかなり刺激的だったのだろう。街中の騒乱や事故、そして人々の様子をテーマに作品を作り続けて行く。お陰で現代の我々は、彼の作品から、当時のパリの人々の生活の様子、風俗などを知ることができる。「街頭デモ」では逃げ惑う人々が描かれているが、真黒な服の人々の中に、一人だけ白いマントの人物がいる(左上)。黒い二本の紐が頭(帽子?)からひらひらと伸びているが、これは当時の乳母のファッションなのだそうだ。

雑誌の挿絵も多く手掛ける。アイロニーの籠もった作品は挿絵のほうが鋭さを増すようだ。

同時代のロートレックなどが、パリの華やかな女性たちをきらびやかに描写しているのに対して、ヴァロットンの描く女性はそんな飾りを剥ぎ取られてしまった、生の姿のようだ。

ヴァロットンの「黒」は、人々の心のなかにあるものが反映したかのようだ。ポーカーフェイスを作った男たちだが、その内面はさてどうなのだろうか。

女に言い寄る男は、背景と同化していて、隠された“本心”が見えているものの何倍も大きい。

その当時に流行した蔵書票も作っている。蔵書票とは、自分のホンダと言うことを示すために、書物に貼り付ける小さなラベル。なかなか洒落た作品が多く、注文も殺到したことだろう。
見ての通り、かなり小さな作品たちなので、単眼鏡を持参した方がいいでしょう。

挿絵と言えば、ジュール・ナールの「博物誌」の表紙も描いている。中の挿絵はアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックが描いている。

ちなみに岩波文庫では、ロートレックが描いた挿絵を使ったジュール・ルナールの「博物誌」が読めます。

人に注目するヴァロットンは、1900年のパリ万博をテーマにした作品でもパビリオンや展示物ではなく、動く歩道に殺到している人びとを描いている。

第一次大戦では従軍画家として前線に赴き、戦場カメラマンのごとき作品を発表している。

感想

三菱一号館美術館では二年前(2020/11)には「開館10周年記念 1894 Visions ルドン、ロートレック展」を開催し、ヴァロットンの作品も何点か展示していた。その時から同館では“目を付けていた”のでしょう、ヴァロットンの作品を多くコレクションに加えている。その集大成的なものが今回の企画展でしょう。

そのため、ほぼ収蔵品で構成されているので、一部作品は写真撮影OKとなっている。

同じ版画でもエッチングだと「線」で描く訳だが、木版画だとべた塗り(刷り)部分が多く、それをどのように使うかがポイントだと思う。ヴァロットンの作品はまさにそのベタの部分「黒」が多くを語っている感じだ。
さらには、木版画は荒々しいというか、素朴というか、そんなタッチの線が多い気がする。だが、ヴァロットンの木版画は線が柔らかで、筆で描いたような感じもする。そして、ベタな部分とは対称的に非常に繊細で細かい。ジャポネスクの浮世絵の影響もこんなところに現れているのでしょうか。

それにして、この企画展のタイトルの通りに「黒と白」が本当にくっきりとしている。そして、「黒」の部分がべた塗りされているのに、何かそこから読み取れるものがある気がしてしまう。黒い服を着た男は、身体が背景の黒に繋がっていてもはや輪郭も分からない。でも、じっと見ていると頭の中で輪郭を勝手に想像してしまい、描かれていないものが見えてくる気がする。だが、やはりそれが錯覚だと分かると、それと同時に描かれた人の心の中身が背景に染み出して広がっていくように見えてきてしまう。いやぁ、何とも不思議な感覚。
「ポーカー」でテーブルを囲む男たちの下半身は漆黒の背景に同化して何も見えない。まさに、テーブルの下で繰り広げられている心理戦が、何も描かれていないはずのべた塗り黒に描かれている気がしてしまうのだ。

三菱一号館美術館の頑張りのお蔭で、ヴァロットンも“静かなブーム”くらいにはなっているんじゃないでしょうか。風刺画も多く、そのメッセージは我々にも伝わり易いからというのもあるでしょう。彼と同時代の人びとがジャポネスクに憧れたのの逆方向として、彼の作品になんと話の親近感が湧くのかも知れません。
そんなヴァロットンの作品を初期の頃から概観できる本展は、さらに彼のファンを増やしそう。

美術展情報

  • 参考書 :

コメント

  1. 中野 潤子 より:

    私もこれは見て来ましたよ。撮影許可は1室だけでしたけれど。とてもシャープなほりでしたね。ここが何回か行ったことがあるのですが。何時もいい展覧会に出会います。年に一度のクラス会が明治生命会館で昼間行われるので始まる前に寄ります。コロナで最近中止なのは残念ですが。

    • bunjin より:

      知る人ぞ知る存在だったヴァロットンを「見つけた」三菱一号館美術館は流石ですね。
      明治生命会館ってそんな使い方もできたんですか。知りませんでした。